群集の知恵

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「みんなの意見」は案外正しい

「みんなの意見」は案外正しい

著者が言いたいことは非常にシンプルでかつ一つしかない。専門家よりも「みんなの意見」のほうが正しい、ということ。これだけなら別にタイトル読むだけでもいいのだが、「ミリオネア」のライフライン(テレフォンよりオーディエンス)から企業の意思決定、渋滞のメカニズムから政治、蜂の蜜探しから株式予想まで幅広い状況が論じられている。ロジカルでスマートな文章は経済コラムニストである著者の力量か、訳者のそれか、どちらもか、まあべつになんでもいいのだけど、読みやすい。しかもかなり面白い。

ともあれ、メッセージのシンプルさと印象強さのせいで、「みんなの意見」は案外正しい、の一言が一人歩きしているのが現状だと思う。でも、先に「渋滞のメカニズム」とサラッと書いたのだが、もし上のテーゼが正しいのだとしたら渋滞という「みんな」の愚行は起こらないはず。というのも、あらかじめ言えよという話なのだが(僕が)、著者スロウィッキーはこのテーゼが起こる条件として四つのポイントを挙げている。意見の「多様性」「独立性」「分散性」「集約性」がそれであり、それを満たせない渋滞を本書に含めることで、盲目的な誤解を牽制している。

『アマゾン・グーグル化する社会』の著者でもある森健の意見は比較的多幸的な周囲に反して、かなりネガティヴなものである。彼が拠るところは大体この二点。一つはネットコミュニティによる意見の分極化と先鋭化。もう一つは知らない間にログが残されているという状況を一つの監視社会にたとえ、プライベートが犯されているということ。

言っていることはすごいわかるのだけど、じゃあ生産的に考えてこの本から何を学べるかというと、「リテラシーを上げるべきである」というはなはだ簡単なことしか思いつかない。プライベートに関しては実社会を投影して考えると確かにそうなのだが、これがマーケティングとつながってくるとまた別の問題になるのでそれはまた別のエントリに譲る。

なぜ森氏の本書をここで紹介したかと言うと、彼の意見がスロウィッキーに対する反論としても読めなくはないからである。たとえば「みんなの意見」は案外正しい、わかるけどでも閉鎖的なSNSコミュニティなんかで(2ちゃんとか)どう考えても愚かとしかいえない行動が起こっているではないか、とか。まあ森氏の意図からは外れるだろうけど。

急進派SNSコミュニティの愚行の原因は、先に述べた四つの条件がそろっていないことにある。「独立性」(人の意見に左右されない)、「集約性」(「みんな」の意見をまとめあげるシステム)の欠如が特にそれにあたる。渋滞の例で「みんな」の「場」となる道路システムの整備が必要である(ETCとかもそうだけど)ように、急進化するコミュニティを相対化して集約するシステムが求められるべきだろう。森氏の視点はその手前で終わっていると思う。ネット上のポリティクスは結構デリケートな問題だけど、ただ闇雲に排除すべきカオスとしてとらえてしまうのも残念だし。