土地のこと

反社会学の不埒な研究報告

反社会学の不埒な研究報告

なんだかいろんなところでたたかれてるまっつあんではあるが、素人としてはとっつきやすいのでいい。「昔はよかったぜ」が口癖の超ネガティヴ(スーぺーことスーパーペシミスト)学者、世間知らずのクソ真面目学者をこき下ろす、これが反社会学の「反」の意味らしい。

批判対象は多岐にわたるものの、個人的な興味は「統計奇譚」とくに後半で土地問題を取り扱っているところにある。後半と言うくらいだから前半もあるわけで、この前後章が述べるところは要するに統計の取り方なんか恣意的なものだ、注意しろということである。ただ後半の土地問題に関しては日本の中古住宅が統計上消えているという「怪奇現象」も挿入される。具体的には、94年から十年間で建てられた新築の件数が1000万を超えるのに住宅総数は700万くらいしか増加していない。差し引きの数百万件が消えている、ということ。

このからくりは中古住宅が取り壊されているというただそれだけのことなのだが、ここから他国に比較した日本住宅の寿命の短さが示される。日本の住宅は大体10年落ちくらいから価値が暴落し、30年くらいたつと不良債権化する(ところが多い)。その原因として日本の土地の異常な高さ(他国に比較して)が明らかにされる。結局土地買うために大枚はたけば家そのものに出せる金は減るだろう。家の耐性が落ちるのは大工のモラルが問題なんじゃない、ということ。シンプル。簡単に言えばどこに価値が置かれるのかの問題である。つまり欧米では家そのものに、日本では土地にという具合。

で、土地の話である。このあたりは前にも紹介した五十嵐・小川『「都市再生」を問う』でも触れられている、日本の「土地」に関する扱いの悪さに関係する。

バブル時代は地価が高騰しているから公有地を放出し容積率を上げろの大合唱だったが、こんどは地価がバブル崩壊以後は急落しているから公有地を放出し容積率をあげろということになったのである。
(五十嵐・小川、20ページ)

容積率というのは要するに土地に対する建物の全部の床面積くらいの意味で取っておけばいいと思っている*1。つまり高層であればあるほど容積率が上がり、土地が増えるというロジックである。この地価が上がっても下がっても土地供給を増やせというよくわからない言い分は容積率を上げたいがためのレトリックだと思うべきだろう。あるいはこうも考えられるか。つまりこれはそれを批判したい「著者の」レトリックであって、ここで言われている「さがった」地価でも十分高かったんじゃないだろうか。だから理論的には継続して容積率アップが叫ばれたのではと邪推してみる。

この辺の都市経済学に関しては岩田規久男が鍵になるらしい。読んでみよう。

都市と土地の理論―経済学・都市工学・法制論による学際分析

都市と土地の理論―経済学・都市工学・法制論による学際分析

このへんか。そのまえにこれも読んでみようか。
反社会学講座

反社会学講座

*1:集合住宅の共有部は算入しないとかいろいろ難しい計算方法があるらしい