重税都市

重税都市―もうひとつの郊外住宅史 (住まい学大系)

重税都市―もうひとつの郊外住宅史 (住まい学大系)

この本では税制度が都市に与える影響について考察している。時代は日露戦争後から第一次世界大戦がはじまるまで。産業資本主義の確立を背景にした人口増大による都市の膨張が起こり、都市の周辺部に新たな市街地が形成され、都市部の居住者もその周辺部に移動して行く。そのときの人々の移動の力学を土地ごとに個別具体的にあたり、個別地域における税制との関連性からひも解こうと試みるのが本書の胆である。


ここでの仮説を端的にいえば、税負担を逃れて人は移動する、ということだ。そのときに問われなければならないのはおそらく以下二つ。ひとつには、そこではどのような税負担があり、それがどの程度のもので、どのような人々が対象となったのかの分析。もうひとつには、それが移動の要因であることを明解にし、そしてどのように移動の要因であるのかを問うこと、だろうか。後述するが、本書では前者のほうにウェイトがしめられている。本書で設定されている視点として忘れてはならないのは、その税制度と「政治」との関係性がどのようにあったのかというものがある。つまりそれが行政側による都市計画的視点から行われたものなのか、あるいはまたある一定の権利を有する集団による欲望の力学とでもいうべきものが働いていたのか。これは前者がなぜそのようであるのかに対するひとつの重要な指摘である。


そしてこれら本書の視点が重要であるのは、都市は目に見えるもののみで形成されるのではない、ということを主張しているという点にある。

  • 東京:戸数割から家屋税への税制移行が都市部周辺部ともに比較的計画的に進んでいた例
  • 京都:市会への影響力を持っていた資産家集団の思惑により、都市部での税制移行が遅れた例
  • 大阪:人々が「逃げる」先での税制移行に政治的慣習的な「排除/歓待」の力が働いていた例

ここで唐突に出てくる戸数割と家屋税との二種の税がどのようなものであるのか、ならびに個別の詳細は本書に譲り、やや図式的に各地での税負担とその影響をまとめてみた。


東京、京都の対立は都市部の税制移行における、上に述べた「政治」のニュアンスの違いをめぐるものとして興味深い。他方大阪の例は、これら税制移行の「帰結として」逃走が起こると仮定したとき、その受け入れ先となる周辺部での税制と人々の動きとに焦点を置く。このやや図式的な構図によって状況の違いが見えやすくなっており、ややこしく複雑な税制と都市の問題がなにかスリリングな謎解きの様相を帯びているところが興味深い。


あとがきや本文中にすでに書かれていることだが、この本の「残念」なところは、東京、京都、大阪の三地域での分析にとどまっているところと、移動の契機が税負担からの逃走のみによっているかに見えてしまうというところ、そしてきわめて短い時期しかカバーしていないところ。とりわけ「都市計画」という意識が台頭してきた時代において、こうした問題系がいかに変化するのかを比較する研究は望まれるところ(あるのかな?)。ただこれらの点をカバーしようとおもうと、ものすごい労力が書くほうにも読む方にも要求されることは確かだ。なお、本書の範疇を超えるかもしれないが、本書を読みながら個人的に気になったことは、当時の交通網がどのようなものであり、どのような人口の移動があったのかということ。テクノロジーと制度と欲望(?)の結節点を浮かび上がらせることで、現在を舞台とする同様の分析に立体感が出てくるのではないか、とおぼろげに感じている。