フォトジェニックなパヴィリオン

ドッズの2005年に出たミース論

Building Desire: On the Barcelona Pavilion

Building Desire: On the Barcelona Pavilion

の「weltbild and bildwelt」を読む。ドッズのミース解釈は彼をメディアアーキテクトとみなすもので、コロミーナの路線と重なるものが多い。ただちょっとテマティックに過ぎるきらいもあってどうなのかしらんと思うところも多い。

ミースはパヴィリオンにまつわる出版をかなり厳重に管理していたらしく、彼の死の1968年までにだされた写真や図面はすべて彼の目が通っているようだ。唯一の例外は1929年に出された雑誌に載った4枚の写真で、鳥瞰写真から屋根の勾配具合がばれていたりする(言われないと分からないと思うが)。ミースがトマス・アクィナスをちょっと読み替えながら「真理とは知性と事物との一致である」と述べているように、彼にとって理念とイメージの一致こそが重要な問題であったようだ。こうして、ミースは壊れされる(壊れる?)ことが運命付けられ、それでなくても劣化しやすい実体としてのパヴィリオンよりも写真を選択したともいえる。そのために彼は入念にそのパヴィリオンをフォトジェニックにして、なおかつ写真の構成にも気を配り、さらに流通をも管理した。

7ヶ月しかもたないパヴィリオンは、万博開幕前に14箇所+αから写真を撮られており、その作業が終わるとミースはもうパヴィリオンに対する興味をなくしてしまったらしい。中には写真には撮ったもののミースが気に入らず、彼の没後まで絶対に流出しなかった写真もあったようだ。

ちょっと疑わしい気もするが、他の模型案を進んで雑誌へと掲載していたこと等を考えるとなんだかありそうな気もする。こうした写真イメージの専制状態を考えると、再建がかなりの部分写真に依存しているということもできそうだ。