井関さん講演会

20:00時よりメディアショップでのイヴニングレクチャー。講師はフォスター&パートナーズの井関武彦さん、講演タイトルは『世界の建築現場から―社会に接続するデザイン―』でした。機材トラブルでちょっと押し(&延長)はしたものの、メディアショップさんからの飲み物サービスという粋なはからいもありつつ、質疑応答まで面白い講演会でした。
まずはさっくりとまとめる
建物は動かない。その代わりに建築家が世界を動き回る。変動する状況(文脈)を目の前にしたとき、デザインの根拠をどこに求めるのか、というお話として僕は聞いた。講演の各小見出しはこうだ。

  • Environment and Geometry
  • Culture and Geometry
  • Technology and Geometry

幾何学がコントロールを可能にする
井関さんはそれをGeometry(幾何学)に求める。幾何学には規則があり、そこにはコントロールできる余地が生まれ、その結果建物のパフォーマンスが説明可能なものとなる。「○○ and Geometry」という形である上の三つの要素は、それぞれ「幾何学」が導かれる拠り所をさしているととらえられるように思う。太陽光の差し方、風の動き、住環境の文化的特質からプレファブにかかわるコストバランス、こうしたパラメータの関係から「幾何学」が生み出されるというわけだ。逆に言えば、「幾何学」とは設計への手がかりを抜き出す方法、とも言い換えられるのではないだろうか。個々の「幾何学」は非常にシンプルだけれども、それが層を成すことできわめて豊穣なイメージ(かたち)が生み出されるのである。
「いかにしてHow」としての幾何学
興味深かったのは、800人を超すフォスター&パートナーズにおいて、そのアイデンティティを調整する役としてデザインボード(と聞こえた)が存在しているということ。150もある現行のプロジェクトに関し、フォスター自身は実質1割程度のプロジェクトしか精査し得ない。こうした状況では、各プロジェクトへの解法に「かたち」のレベルでフォスター&パートナーズの色(アイデンティティ)を出していくことは有効でない。実際デザインボードでは「かたち」が云々されることなく、そのかたちを生み出す原理(「幾何学」)のみが精査される、という点はとりわけ興味深かった。つまり「何をWhat」ではなく「いかにしてHow」が問われるというわけだ。
個人的にはこう考えた
これはつまりアカウンタビリティの問題であり、建物のパフォーマンス云々というのはここに繋がる(と思う)。個人的な感想としては、建築の社会的な評価基準が強引に(そして歪曲的に)明確化されてきた状況にあって、例えば「なぜその屋根がうねっているのか」という問に対し、あるデータとともに「幾何学」を示しながら説明する(できる)というのは単純に「強み」になるはず。だから、この「幾何学」はつくり手・クライアント間にWin-Winの関係をもたらすのではないか。質疑応答でもあった「かたちが奇抜ですが、日本では難しいですか?」という問に対する答えとしては、長期的に見ればノーだと思う。考えてみれば、そもそも建物が平面で構成されている必然性はないのであり、現在の「主流」がコストや慣習の面のみでそれこそ「納得」され得る状況は、早晩消えていくのではないかと思っている。
一番印象的だった発言
「ある原理から複数のかたちが立ち上がってきたとき、ノーマンは必ずといっていいほど一番シンプルで、一番面白くないと思ってしまうようなものを選ぶ。」僕はここに建築家ノーマン・フォスターの「倫理」を見る。「いかにつくるか」が主流になるだろうこれからの状況のなかで、一番問われるべきなのはこうした数値化し得ない最後の〆のようなところなんじゃなかろうか。