バーナム博物館

ミルハウザーの短編集収録の表題作「バーナム博物館」のこと。読書感想文的に。

バーナム博物館 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

バーナム博物館 (白水uブックス―海外小説の誘惑)

いくつかの建築様式がバラバラに混在し、常にどこかで増改築がなされ、町の人のよりどころとなっているバーナム博物館をめぐって淡々とつむがれる話。語りは町の人(「私たち」)の視点からなされる。博物館それ自体や収蔵品、そして博物館の中に住まう人々(警備員、研究員、「賢者」、などなど)のあり方やふるまいがくわしく描かれることで、現実には存在しえないような胡散臭い博物館にある種のリアリティが付与される。本書に収められた全十篇の物語の中にかつて書かれた物語のパロディが含まれていることからもわかるように、ミルハウザーの物語には虚構のグラデーションとでも言うような、物語りの強度に対する視点が存在しているように思われる。
この話が面白いのは、町の中心にある特別な博物館をセレブレートするような語り方の中に、「私たち」がどこかしらこの博物館の胡散臭さを嗅いでいるということである。「バーナム博物館のさまざまな特性のひとつとして、ある種の卑俗性がそこに存在することは認めねばなるまい。」そうした理由のひとつとして「建築様式の毒々しさ」「室の過剰ぶり」があげられる。ときに「さらなる通路へと通じる無数の出入り口も私たちを退屈と嫌悪感でみたすばかり。」ただ重要なのは、この卑俗性に「私たち」は博物館の魅力を見ているということだ。
語り手は問う。バーナム博物館の魅力とは、と。それはこの博物館の長い通路が「けっして明かされることのない神秘で私たちをじらし」「訪れることのない啓示を約束する」からではない。

こちらとしてもそんな啓示など願い下げである。なぜなら、神秘がついに明かされたその瞬間、博物館はもはや不必要なものとなり、透明の、目に見えない存在になってしまうからに違いないからだ。それは困る。それよりも、いつでも好きなときに、あのうさん臭い、蠱惑的な展示室に足を運びつづける方がずっとよい。

ほんもの、にせものをめぐる描写はこの話の中でも存在する。ただしここではその二者に対立する価値を与えてはいない。ほんものと同等ににせものが並べられているということ、その事実に、不思議の殿堂としてのバーナム博物館における「不思議さそれ自体」を見ているのである。博物館、ひいてはミュージアムに存在するいわくいいがたい魅力を、美しい語りを通して考えさせてくれる物語。

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約950文字。原稿用紙2枚とちょっとか。ん?足りない?ちなみに最近では著作権フリーの読書感想文コピペサイトまでできているらしい。

す、すごい。存在自体が「釣り」なサイトだ。