ケン・カルファスのこと

1954年にNYで生まれ、パリ、ダブリン、ベオグラード、そしてモスクワで育ったケン・カルファスのことなど。

どこにもない国―現代アメリカ幻想小説集

どこにもない国―現代アメリカ幻想小説集

柴田元幸氏の選んだ9つの幻想小説集。めあてはカルファスの「見えないショッピング・モール」だったので他の8話はまだ読んでない。ちなみにこの話をどこでみつけたのかというと。
つまみぐい文学食堂

つまみぐい文学食堂

ここ、『つまみ食い文学食堂』でだった。古今東西(?)の物語を食という切り口から「つまみ食い」するエッセー集。話題になるのはたいていまずそうな食事なのだけど(この「まずそうな食事話」話に関しては、最後に挿絵を担当された吉野朔実さんらを交えた座談会もあるのでそれもあわせてどうぞ。面白いです。)それが逆にヘンな魅力になって「つられ食い」することになった。
で、カルファスの「見えないショッピング・モール」(Invisible Malls)のはなし。いうまでもなくこれはイタロ・カルヴィーノによる『見えない都市』(Invisible City)のパロディだ。だからフビライ汗がマルコ・ポーロの物語りを聞くというフォーマットも一緒だし、語り-挿話-語りというリズムも一緒。ちなみに小見出しも「○○と△△」で一緒だったりする(細かい!)。具体的にはこんなかんじ。

  1. 語り
  2. 屋内ショッピング・モールと記憶1
  3. 屋内ショッピング・モールと欲望1
  4. 屋内ショッピング・モールと眠り1
  5. 屋内ショッピング・モールと欲望2
  6. 屋内ショッピング・モールと空1
  7. 屋内ショッピング・モールと欲望3
  8. 屋内ショッピング・モールと時間1
  9. 屋内ショッピング・モールと記憶2
  10. 屋内ショッピング・モールと死者1
  11. 語り

まあとにかくマルコ・ポーロがモールの話をしているという違和感がまず面白い。土地の賃借期間が云々、駐車場が云々、何が売られてて云々、天井の造作が云々。そしてさらに面白いのが、あくまでマルコ・ポーロの想像という設定を逆手にとっているところ。きわめて俗物的なものと、やけに神聖っぽいものとがごった煮にされていたりする。「アイスクリーム、ピザ、ポップコーン、タコスはもとより、神与の食物、枇杷、不老不死果などを、いずれもフライにして売っております。」
揚げちゃうらしい。

永遠の生をもたらす甘露(アムリタ)の十六オンス・カップを片手に、そしてホットドッグをもう一方の手にコンコースをそぞろ歩きながら…(中略)…合成樹脂のカウンターごしに漂ってくる脂まじりの湯気に包まれながら、次は何を食べようかと思案するのでございます。

最後の語りでフビライ汗が聞く。「これが余の帝国」か、と。つまりこれらが彼の臣民なのかと。マルコ・ポーロは否と答える。「モールは商品の棲み家であるにすぎません。」と。買い物客は何にも従属していない。「階下の帝国は静かなホールと商品棚であり、鍵のかかった陳列ケースと空っぽのレジなのでございます。」そして最後のオチはこうくる。

だが少なくとも、マルコ・ポーロがなぜあんなにたくさんクレジット・カードを持っているかはこれでよくわかった。

「本歌」通りフビライの支配を見るか、あるいはマネー・法・効率・人間工学が支配するリアルを見るか。ショッピング・モールにはもはやフビライ汗の玉座はない。最後にくる2人のズレは、物語全体に流れる奇異なリアリティをかつてのフォーマットから浮かび上がらせるのである。