レポート2
今日から学校。でも新学期ではない。先日ちょっと触れた「建築計画」の授業は予定通りプランのプレゼン。時間の都合上6人程しか発表できなかったけど、同じ条件から各人がどう異なった要素を抜き出してくるのかがいろいろ見えて興味深い。僕はJPEGのデータだけ持っていったので、模型を使って説明していた他の子とは異なってパソコンでのプレゼンになった。なれないマックで即興的にプレゼンしてみて実感したのは、画面構成の仕方と説明の順序いかんで強調すべきコンセプトがしまるか緩むかがほとんど決まるということだ。ヴィジュアルを前に出すか、言葉を前に出すか、その辺のさじ加減はもっと場数を踏みながら勉強していくことだろう。ともあれ来週もプレゼン。楽しみだ。
で、明日出すレポートについて。前回の続きというか補足。若干の備忘録。
前回は「収納」を内部/外部という二項に沿って考えていたわけだが、そもそも「内部」と「外部」が何であるかがあやふやになっていた。見方を変えてみると、空間に「かたち」をつくりだすことが収納という行為にはあるのではないかと思う。「かたち」には表/裏がある。これが箱状に区切られた空間につくられるため、たまさか表/裏が内部/外部という二項と重なってくるように感じるのではないか。「収納」によってつくられた空間の「かたち」の強度とでもいうべきものが高いわけである。収納されたものによって(つまり「かたち」)空間の内部/外部という区分自体が曖昧になるという例を、高度経済成長期の狭い間取りに押し込まれた耐久消費財が「ダイニング」「リビング」という空間の意味を抹消させていくことに見た。
ユカ坐・イス坐―起居様式にみる日本住宅のインテリア史 (住まい学大系)
- 作者: 沢田知子
- 出版社/メーカー: 住まいの図書館出版局
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で、二つ目が、稼動する間仕切りに水平板を片面に二枚、逆面に一枚つけて、収納を「抱えて」間仕切りが稼動するというものにした。囲われた室のなかにつくられた空間の「かたち」、その強度の高さはその前提となる室が持っていた容積の定量性とでもいうべきものに帰せられるのではないか。もうひとつのテーマである「空間のリストラクチュアリング」をする際に最も足かせとなるのがこの部分だと思う。だからこの「定量的な容積に詰め込まれた」という限りで統一性をもっていた「収納されたもの」を文字通り断片化させてしまうのが今回のプランのキモ。室が足りなくなったりあまったりしたときに間仕切りの移動によって新しく空間を再編するわけだが、このとき誰のものかよくわからないものが「新しい」空間につきまとうということである。こんな家に住みたかないかもしれないが、共同体に在る人たちがお互いを意識する機会としては、個人が自分の部屋だけをきれいにしてリストラクチュアリング事足れりとするよりは面白いイベントを発生させられるかもしれないと考えている。
結局長くなってしまった・・・失礼しました。