Imminent Domains

18日の15時から、京都造形芸術大学へ豪華メンバーによるゴージャスなシンポジウムを聞きに行く。挨拶代わりの一発を豪華メンバーらに見舞われ、本当に挨拶も自己紹介もないままドンドン進行していったので誰が誰だかよくわからず、各々のプレゼンテーションで個別のスタンスがはっきりするはずだ、いやむしろしてくれと懇願するもどうやら実現していないというもどかしいことになってしまった。
このままふつうにレポすると「難解だ」とか「分からない」とか「何が言いたいのか理解に苦しむ」とか「同時翻訳だったからついていけなかった」とかそれこそ意味不明なことしか書かなくなりそうなので、ちょっと提案をしてみよう。シンポジウムをプロデュース。これから先は「分からない」話出てきません(多分)。

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  • せっかく明日から3連休なわけだから、この3連休をフルに使ってやるといいかも
    • 1日2、3人ずつなら各人のプレゼンテーション時間はもっと取れるはず、質疑時間もとれるし
    • 全体討論も時間の関係上30分しかとれませんー、なんてことはなくなるはず
  • まずは議論すべきテーマをはっきりと決めたほうがいいかも
  • プレゼンする人は自己紹介やテーマに対する自分のスタンスをスパッと言ってくれたほうがいいかも
    • 同時翻訳だから難しい言い回しは訳者の人もついていけてなくて大変そう
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しまった、あまりにもベタな提案しか出てこない。しかも3連休を使ったらどうかなんて「スケジュールの関係で無理です」って言われるに決まっているし。

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そうそう、何とか拾えたところをピックアップしておかないと。まず磯崎さんの「切断」話。建築家はどこかでシステムに決着点をおかないといけないという話をされたあとに、「いろいろなものが流れている都市のある状態をストップして、それをアウトプットする」ことに興味があるというひとつの策を提示されていた。その後に浅田さんが付け加えたことが面白かった。曰く「システムには誤差があるから、そこに誰かが介入すべきだ」と。これはひとつの大きなテーマになるはず。チェックだ。
それともうひとつ。誰かが図式的に述べていたのだけど、「Void in the city→Landscape infrastructure」というのもポイントだと思う。建築家が都市に介入し、その上都市が成長していく余白を残しておくためには、都市の中に白紙の敷地を見つけそこに建てるのでは不十分である。なぜなら都市はコントロール不能だからだ。むしろ「Virtual Biggness」である都市のインフラをランドスケープ的規模でとらえていくことが必要なのではないか、というような話だった。「ランドスケープ」をキーワードとして挙げる人は多かった気がするのだけど、各々がその言葉で何を示しているのかいまいちわからなかったのでチェックというかフォローしたいところ。なんだかこの「ランドスケープインフラストラクチャー」の話も誤解してるんじゃないかと思ってきた。
最後に、磯崎さんが最後の30分の全体討論で言っていたことだけれども、そしてやや警鐘を鳴らす意味もあってのことだと思うのだけど(これあと3年続くらしい)、「手がかりはテクノロジーであって、それを適応する人間の関係性がどのようにあるのかをのみ議論すればよい」という旨の発言があった。前後の文脈がうまく取れなかったのでこれが何のためのものなのか今ひとつ分からないのだけど、テクノロジーによって方法論が変わり、建築家が使用するシステムのあり方とかそのシステムの「切断」の仕方に変化が起こるのならば、そこだけを真摯に問えばいいんじゃないのか?ということだったのかも。

Imminent Domain: The Story of the Kingdom of God and Its Celebration

Imminent Domain: The Story of the Kingdom of God and Its Celebration

あと3年くらいこの取り組みが続くらしいので、勉強しながらフォローしてみよう。とりあえず上に上げた本「イミネント・ドメインズ」はこの議論に直接関係があるのかないのか、そして僕はこの本をアマゾンで注文し取り寄せるべきか取り寄せないべきかから考えていこう。