いわもとQと東京

八月十五日、
奈良町カナカナへ。こちらも民家を改修した喫茶店。開店前から人が並び、開店後にも人の入りが絶えない。有名店。エントランスから続く土間はTを九十度右回転させたような形になっていて、横棒の右がエントランス、左がキッチン。接続部にはレジカウンターとテーブルがある。縦棒によって空間が二分されているので、いわばこちらとあちらの区切線というところ。増設された向こう側に光が射していてきれい。ちなみに縦棒の一番先は引き戸。押し入れになっている。中味は階段。二階はギャラリー。クラフトエヴィング商会の本を読む。

このピーコックチェア、あ、ベンチか、がどうしてもほしい。どうしても。ほしい。

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八月十五日、
ユニフォーム調整。Iさんの訪問。トワルという調整用にこしらえられた服を着る。これでいいと思う程の完成度だが、これが終わると処分するそうだ。MOTTAINAI。その後九月にお手伝いしそうな二プロジェクトの打ち合わせ。Eさんの訪問。Kさんと初対面。面白い。このプロジェクトはたぶん絶対面白い。夜深夜バスで東京。

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八月十六日、

私は有用なものを無用にする。それは実用的なものに変化と幻想とを融合させる。それによって開かれたわれわれの認識は、素材や空間を理解させる。それが認識の基本であり、人々が何らかの物体を利用するときには「有用さ」に意味があることを知っている。意味とは使用することであり、それが人間の理解や文化における重要な役割を担っている。

東京。森ビルでアイ・ウェイウェイ展。お茶の葉を固めてつくったれんがで出来た家。ティーハウス。茶室。でも中には入れない。近くによると茶の匂い。

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八月十六日、
いわもとQという名前の蕎麦屋。赤坂にて。店員さんにうわついた様子はひとつもない。

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八月十六日、
GyreにてArchitect Japan / Architect 2.0展。TRAJ でやっているな、ということが細かいところのデザインでも分かるので、タブロイド、書籍と続き、フォローしている人にとってはこの展覧会も彼らのメディア展開の一環であるという見方ができる。これがまずおもしろい。展覧会はメディアであって、それを主体的に構成するひとたちが自らのパブリックリレーションとして展覧会をおいている。こういう展覧会のあり方、もといこういう能動的な取り組みがこれから増えていくといいな。
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一点。キャプションが誰によって書かれているのか記されていなかったのだが、そしてまあTRAJによるものだろうということはある程度推測できるだろうが、その作品の解説、あるいはそれに類する言説を誰がなしているのかは明確にしておいた方がいいかもしれないと思った。本展覧会が上に上げたような性格のものであるがゆえにいっそう。
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もう一点。発起人ミゲルー氏による序文には、磯崎氏による「建築における「日本的なもの」」を引きながら、日本の近代建築が常に格闘し続けた「日本的なもの」という問題構制への言及がある。いわゆる建築における日本的「アイデンティティ」という問題を引きながら氏はいまふたたびそれをわれわれに問いかける。磯崎氏のテクストでは「日本的なもの」という問題構制が常に外部よりの視線によって成立していたことが示されており、その一例としてタウトの桂「発見」が挙げられる(タウトの言説とは裏腹にこれが発端ではないことも指摘されている)。「日本的なもの」という問題構制はその後西洋の動向に寄り添いながら変遷を辿っていくことからも分かる通り、「アイデンティティ」をめぐる問題は内部と外部との交錯点にこそ立ち上がる。ミゲルー氏が日本建築を見つめるのは、その度ごとになんらかの具体的回答を出してきたことにあるようだ。しかし90年代グローバリゼーションによる内部/外部の消滅によってもたらされたものは「日本的なもの」という問題構制そのものの無効化だった。
さて。グローバリゼーション、もっと言えば情報通信網による世界同時性がその問題構制を無化したのならば、95年というひとつの年に拘り、まさに情報通信網ワールドワイドウェブの比喩において「Architect2.0」を語るTRAJの登場はことである。正しく言えば、そんな彼らがこの展覧会をキュレーションしているのがことである。藤村さんの提示する「新たな建築家像」が「深層なるもの」を志向し、その彼方にウェブ上での規制のあり方を説いたレッシグの影響(アーキテクチャなどなど)があるとすれば、ここにはかつてのような内側も外側もなく、その二項対立そのものを流し去ってしまった海のなかを深く潜り続けるひとびとがいるだけだろう。そのときに再編されるのは「日本」ではなくて「建築家」のほうになる。ミゲルー氏の本意は、にもかかわらずあえて、なのか、あるいはまた別のものか。こうした問いかけを藤村さんがさらりとかわしているように思えてくる展覧会だった。そんな藤村さんがたまたま会場にいらしたのでお話をして、昼食をご一緒する。藤村さんとmontoak行く日が来るとは思わなかった。ごちそうさまです。

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八月十六日、
クラスカでへうげもの展。面白い話を二つ聞く。