CATS

一月三日、
なぜ求められない建築は否定の余地なくその他より優れているのだろうか。

なぜならそれは建築を自律した状態に保つからだ。建築の自律性はかつてリアリティからの閉鎖的な隔離を意味していたのだが、今となってはそれがクライアントの考えを超えて包括的となるかの問題であると知られている。自律性は動作であって、テリトリーではない。

なぜなら芸術、科学、革新、理想、冒険、補助そして救済としての建築は常に自己モチベーション、好奇心、切迫感、そして機会へのアンテナに頼っているからだ。

なぜならそれは究極的には建築の長期的な妥当性や正統性を保持するからだ。求められない建築は長きにわたる獲得であり、建築的知性の適応のための新たな対象を探すことなのだ。

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「rotating kitchen」という動画。日常性の反転をベタにやるとこうなる。置かれていたものが倒れ、引き出しはあき、扉は開かれ、内容物は飛び散り、そしてそれら飛び散ったものたちは、ある角度でひとところに集まり溢れ出してくるのだ。

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一月四日、
建築があなたに何を建てられるか、ではなく、あなたのために何ができるかを問うこと
どこにいけばクライアントがいるのか、ではなく、どこであなたが必要とされるのかを問うこと

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QC用インタビュー校正、チラシの送り先整理など。

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一月五日、
今まで誰も考えたことのない状況や機会のことを考えること
もはや単純に与えられるものに反応するだけではない建築について、反応的というよりもむしろ積極的にその課題を追って行くような建築について、考えること

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GRLK本のページネーションなど。ページネーションとはページの割り振りのことだ。カラーページはまとまって8ページ入れる、それが間に二度はいって計16ページになる、これより前にこれがくるとよくない、これはこれとひとつながりになっていたほうがいい、など考えながら作業する。GRLKではいろいろな人がいろいろな方法でごちゃごちゃしていたので、そのような感じになるといい。

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一月六日、
たとえクライアント、予算、あるいは特殊なロケーションがなくとも、行き詰った対話やロールプレイをシフトするような決定的コンセプトや力強いシナリオとともに介入することによって、アーキ-テクチャーが変化をもたらせるような瞬間について考えること

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日常の日常的延長に火事という非日常がある。生活の場所である家に、生活の部分的手段である火が蔓延しているというある過剰が火事という現象である。火事が恐ろしいのは、その燃焼範囲や燃焼度数が問題なのではなく、それがもたらす非日常性への移行があまりにも早いことにある。そういう意味で火は人糞にも似ている。建築は、建築が舞台となる、火事について語ることができるか。

この画像ににた画像を前にもあげていなかったか

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一月七日、
戦略的知性、つまり発展的文化的コンセプト、思考様式、社会的介入への戦術、衝突を沈めるための戦-略、戦いを戦うための武器、世界の他の部分へのメタファーのためのメディウムとしての建築について考えること

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むだにびっくり、Expansion of Life、HB、Save your Generation、Sciatica、DFW、というジンを買う。Not pillar BooksのKさんがとあるインタビューのための取材で六曜社まで来ているそうなので、そのまま近所である事務所まで来てもらう。GRLK本のための聞き取りお願いを少々。

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一月八日、
建設から自由な建築について考えること

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今日のネットカフェは河原町木屋町とのあいだ、ほぼ木屋町寄りにあるCATSというところ。前回は禁煙スペース。今回は喫煙スペースをチョイス。前回では角部屋で柱型が出ていたため不当に大きいスペースとなっていた個室も、幅1200×奥行き2050というシンプルな感じに。ただしやはり各室は完全個室でしっかりとしたドアまでついている。そしてまたやはり天井との突き合わせは200程度あけられていたのだった。斜め向かいのドアが非常口になっており、その向こうから何やらがやがやと音が漏れている。若い男性の声と若い女性の、それも複数人が重なっているような声で、どちらもよく通る。途中話される会話がほぼすべて笑い声になる場面あり。内容までは聞き取れないが、それが一般的にうるさいという状態であることはわかる。究極的に外部からの騒音。
安気、気韻、気安、活気、気配り、和気、快気、香気、これらはすべて室の種類を表す名前だそうだ。それぞれの室にはこのうちのどれかが割り当てられている。なにがどのようになっているのかはわからず。なお、当日の室は気韻に割り当てられていたが、やはりどのあたりが気韻なのかは最後までよくわからなかった。宇宙兄弟を読む