タウンアーキテクト0

タウンアーキテクトについて。まずは「タウンアーキテクト」あるいはそれに準ずる名のもとに考えられるおおよそ二つのモデルについて少し考えてみたい。

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  1. 地域のデザインディレクションを行う建築家
  2. 地域に根ざして活動する建築家
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「1」はいわば制度化と相性がいい。そして今までタウンアーキテクト、あるいはマスターアーキテクトやコミュニティアーキテクトという名前とともに要請された機能は多分こうしたところだった。ある種の「第三者機関」として行政と共同し、「市民の意見」を生かしたデザイン(まちづくり?)の方向性を決める、という存在。建築家が名前を出してまちづくりの舵を取り、そこに批判的進展の可能性を見よう、とも言える。


前に少し書いた情報をちょっと引用

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ちなみに『新建築』2004年8月号には「マスターアーキテクトに託されたこと」という田中康夫氏と團紀彦氏との対談が載ってます。街づくりを顕名の専属建築家がリードする、という田中氏の理念を興味深く読んだ。


一方で「2」はこういうことになるか。地域に根ざし、その場所に住む人たちの要望を聞きながら意見を集約し、それをもとにして建てたり、今ある建物を直したりする。いわば「地域かかりつけの医者」のようなモデル。もちろん外から介入する場合、どこの馬の骨かわからんような建築家にいきなり信頼が得られるかというと難しいものがあるが、長期的な視野で仕事を増やし、その土地にじんわりと自らのデザイン思想が浸透していけば、つまりまちづくりにもつながっていくわけだ。


このモデルは「1」よりも比較的理想的に思える。なぜならこれは「家は必ずガタがくるし、ガタがきたら直せばよい」という考えと馴染みがいいからだ。「直しながら住む」なんて当たり前のことだけど、実際にやっている人は多分あんまりいない。家買うときにお金を使い切って、改装にまで手が回らないからだろう。でも近くに「かかりつけ」がいるだけで状況は変わってくると思う。


これまで語られてきた「1」のタウンアーキテクトは、建築家がまちづくりという舞台へと、あるいは単に街という舞台へあがるためのモデルとなっていた。かといって「2」がその批判的代替物になるかというと、おそらくそれもきわめて困難な問題になるだろう。その点に関しては次回以降考えてみたい。