9坪ハウスコンペ

9坪の住宅を設計しようというまさにそのままのコンペ。2004年にはじまっているので年一回ペースだと今年が四回目ということになる。ちなみに9坪は約27平方メートルで、大体縦横5.5メートルくらい。二階建てというのが「原則」らしいので上下階足した述べ床は18坪。ただし吹き抜けが2〜3坪欲しいので引いて15〜16坪。というわけで計45〜48平方メートルくらいになる。

詳しくはコチラ→http://9tubohouse.com/

ただこの「9坪ハウス」、日本建築史をたどっていくと、1952年に提出された増沢洵の「最小限住居」や清家清の卒業制作(これも「最小限住居」という名前だった気がする)といった前例に行き当たる。住宅不足が400万から500万戸にまで上った戦後期、とりわけ50年代の初頭には、吉武泰水鈴木成文による2DKの元祖「51C型」の開発がある。集合住宅に適応され、以後多数のヴァリエーションを生んでいく「51C型」の面積数はちょうど「最小限住居」とほぼ同じになる。ただ、この二つが直接的に戦後住宅難を解消したかはよくわからない。平屋だらけの当時、二階建ての一戸建てという「最小限住宅」は革新的だっただろうし、シンクや家風呂のような新しいハードを提供する集合住宅の斬新さも見逃せない。ある種日本版近代建築のイデオロギー的側面を担う物件だったとはいえないだろうか。ちょっとざっくばらんすぎるので、コツコツ調べてみよう。ちなみに今では想像しづらいが、集合住宅は70年代まで高所得者層にしか手が出せなかったようだ。


ちなみに当時から(詳しくは46年あたりから)60年代までのアメリカ西海岸へと目を移すと、ちょうど「ケース・スタディ・ハウス・プロジェクト」の時期にあたる。上に挙げた写真はGreat Buildings Onlineで拾ってきたピエール・コーニッグの「CSH#22」。写真はジュリアス・シュルマンが撮影している。これは後期で60年のものだが、コーニッグのプロジェクト参加時期自体が遅めだったようだ。イームズ夫妻、リチャード・ノイトラらが初期参加メンバーとして名が上がっているが、それ以外あまり知らない。

Case Study Houses (Jumbo)

Case Study Houses (Jumbo)

「Arts and Architecture」誌との関係(連載?)もさることながら、プレファブ材料の現場組み立てという手法故の素材の選択など興味深い点が多い。平屋建てにして建設をより容易なものにするという合理性の論理に貫かれており、そのなかでかつてのハコ=部屋という定式を崩していく「ハコの解体」とも言うべきプランが展開されている。他にも、写真で分かるように各プランの風景の切り取り方など結構独特である。と、こうして箇条書きにしていくと気になるところがかなりある。自分でケース・スタディ・ハウスする人は多そうだが、当時の西海岸の状況ってどこまで調べられているのだろうか。