チョーゴーテイ

「ユニオン造形デザイン賞」のコンペ案公募が8月7日にはじまる。今回の審査員は五十嵐太郎さんで、テーマは「超豪邸」。五十嵐さんらしいというか、すごく面白いテーマ設定だ。これは「豪邸」の定式化にかかわる問題であって規模だけの問題ではない、ディテールオリエンテッドな小さい「豪邸」だってあっていい(これは前口上で五十嵐さんも述べている)。

これまでの日本の住宅史はいかに合理的で「無駄な」スペースを排除しつつ全体をコンパクトに仕上げることができるか、というところで勝負してきた。戦後の住宅難をはじめ地価が他国に比べて高いという日本独自の性格を背景として、こうした「小住宅」の持つ社会性がそのままナイーヴにも「住宅の批評性」という形で受容され易かったからだろう。現在相変わらず土地の値段は高いものの、当の背景が昔日のものとなるにつれもはや「住宅には批評性がなくなった」とされているようだ。

でも、ちょっと待って欲しいのだ。ある一定の「お約束」(より効率的たれ、の合理主義とか)のもとに作られていたかつての住宅が「機能」概念に対する違和感によって失墜し、全くフラットな空間の配置のみが住宅にまつわる問題になったことを指して社会性フリー、批評性フリーといわれているのだったらあまりにも表層的ではないか。しかもそれは住宅云々の問題というより批評の側の問題ではないか。確かにnLDKの間取りを配分するだけで住宅が、まるでゲームのように、できてしまうかもしれない。でもそこにはソフトウェアを巡る問題が手付かずのまま残っているのである。

住宅論 (SD選書 49)

住宅論 (SD選書 49)

このことにいち早く気づいていたのが70年代の篠原一男である。反機能主義としての「無駄な空間」を導入することで住宅に「あそび」を持たし、そこに住む住人たちにとっての「生活のコアー」を作り出そうと試みる。いきおい彼のアジテーションはこうなる。「住宅は大きければ大きいほどいい」。篠原の念頭にあったのは端的に「豪邸」である。つまり戦後日本住宅史が基準としてきた「小住宅」というものさしから見ると気が狂うほどに「無駄」としか思えないようなスペースを存分に持っている「豪邸」を、一種の「批判モデル」として提出したといえる。でもオルタナティヴとしての「豪邸」をナイーヴに持ち上げることには注意しないといけない。内実としての「豪邸」を精査しないままそれを「超える」ことはできないからである。
現代住宅研究 (10+1 Series)

現代住宅研究 (10+1 Series)

現代住宅にまつわる問題へと40あまりのキーワードからアプローチする書。塚本由晴氏による「豪邸」の章はあくまでも創作論として読めるのだが、五十嵐さんのコンペ前口上では彼が述べていない「豪邸に住む人(「セレブ」とよぼう)」の問題にも注意を向ける。個人的な印象としては彼ら「セレブ」はやたらとモノを置きたがる。エントランスにも廊下にも広大なリビングにも階段の下にも見境無く「高そうなモノ」が置いてある。そんなことを考えると、日本の(一応断っておこう)「豪邸」に対する着目が住宅史の中で抜け落ちている間に、機能主義的「小住宅」が大味に薄まってオブジェクト(≒商品?)化したものが「豪邸」として流通するようになったのではないか、なんて思ったりもする。「セレブ」は「豪邸」であればなんでもよくて、とりあえず「億」とか「500平方メートル」とか「キッチンだけで一戸建てが買える」とか、そういう定量的な部分しか欲していないように感じるのである。そういう意味では、なんだか矛盾してるけど、貧乏くさい。

だから今一度腰を落ち着けて「豪邸」という住居形式を考えてみませんか、とこのコンペは問いかけているように思う。「超」豪邸であり、「豪邸」を超えろが合言葉ではあるが、おそらく求められているのはインパクトそのものよりも「豪邸なるもの」の誠実な定式化である。動線云々を度外視してみることからはじめよう。


ちなみに上の図は服部岑生『「間取り」の世界地図――暮らしの知恵としきたり――』の付録「日本の最高級マンション、六本木ヒルズ・レジデンシャル」の間取り。見難いですがベット室×4、トイレ×4、風呂×2あります。リビングダイニングが約50帖なので大体75平方メートル、公団の間取りならすっぽり入っておつりがきますね。あ、こっちに見やすい画像がありました。空室ゼロだってさ。これで300平方メートルなので坪数になおすと大体100くらい。家賃は月180〜550万ですが上の間取りのは一番高い物件だから550万か。すべての室に名前がある、鬼のようにして室に「意味づけ」をしている感がなんとも「貧乏くさい」です(住んでる人ごめんなさい)。

「間取り」の世界地図暮らしの知恵としきたり  (青春新書インテリジェンス)

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