壁は花粉の粒子に気をつかうのか

今愛知に帰っています。

Wolfgang Laib: A Retrospective

Wolfgang Laib: A Retrospective

唐突ですがウィリアム・ライプのこと。なぜいきなり1950年生まれのドイツの芸術家の話をするかというと、僕が一人で初めて見に行った(と思っている)展覧会が2003年に豊田市美で行われた彼の展覧会だったからであって、地元に帰るたびに毎度そのことを考えるからでした。ということで実家の出てこない帰省の話。

上の本の表紙を拡大するとこうなる。この黄色い四角は何かの花粉で、マツだったりセイヨウハシバミだったりといろいろ変わったりするのだけど、彼はこの四角をつくるために花粉をどこかから集めてきてふるいにかけ、配置して、展示期間が終わるともう一度ふるいにかけて集めなおすらしい。ライプに関する逸話の中でこの話が一番好きだが、以下の文章にはさほど関係がない。
僕は彼の思想について全く知らないし、経歴を調べてここに発表しようという気も全くない。彼は他にもミルクや蜜蝋を使った面白いものをつくっているけど、今回はこの黄色い四角にしか用はない。豊田市美術館のなかで最も天井高が高い展示室の、およそ10メートル四方の床の上。だいたい3メートル×3メートルくらいが黄色くなっている。それだけ。物質的に見れば花粉が敷き詰められることで床面の一部がコンマ何ミリか上がっているというだけなのだけど、その空間全体が何やら全く違う様子で現れてきたように思ったのである。
遠目から見るとただの黄色い四角。これに近づいてみるとだんだん花粉の粒子がはっきりと見えてくる。四角の縁はきっちりとした直線ではないから、その粒子量の少ないところから、すごく小さいつぶつぶが目から触覚的に伝わってくる。それからもう一度その展示室全体を眺めてみると、吹けば飛びそうな花粉群を前にして壁が緊張しているような、そんな世界が見えてきた。せいぜい何百グラムかの花粉の粒―下の画像にその瓶がありますね―のために、何トンものコンクリート壁が気を遣っているのではないかと想像するとなんだか楽しくなってきた。そして彼がわずか何ミクロンか床面を操作したことで膨大な気積を変えたことに驚いた。

当初感じた空間全体が何やら違って感じられるというのも、実はこの緊張感によるものだった、というのは都合のいいあとづけだけど、この印象はおそらく色やかたちやテクスチャーを通じてのものだった。そしてそこにはテクスチャー同士がおりなしただろう物語を読みこむ余地があった。その物語の結果として頑丈な壁がとても繊細に見えたり、さらさらした粒子がとても強く見えたのである。
二枚目の画像はこちらのページより拝借